小濱 三成審判員
1996年2月23日付、藤沢市野球協会での記載が出てきました。その題名は「野球は先ず打つことから始まる」です。再度、内容を披露いたします。
『「野球は投げることから始まる」とあり、これは野球規則5・03 先ず投手は打者に投球する。その打者は打つか打たないかは打者が選択する。とあることの解釈の錯誤だと思う。また、もっとむごい話となると、「野球は、捕手のサインから始まる」等々メチャクチャなことになる。これでは日本の野球が時間ばかり長くなる訳である。』
そこで、私はアメリカ大リーグ審判学校で学んだことを記述してみたいと思う。それは、野球の歴史観である。
『「ベースボールは、先ず打者が球を打つことから始まる。決して投手が投球して始まるゲームではない」創世記の野球に於いては、先ず投手は打者の打ち易い球を投げることにより、打者に打たせることおからゲームが始まったのである。」
そして、打ち易い球がなかなか来なくて、ゲームが進行しないのを見て、打者が打撃中に幾つかのボールを得て一塁に進むことが許される裁定(ベース・オン・ボールス)が考えられた。』現在の四球のルーツにあたる措置である。
後に打者が打ち損ねたり、空振りしたりするのをカウントしないのは、アンフェアではないかと云うことから、これを「ストライク」としてカウントしようと云うことになった。
野球の原点に於いて投手は「ストライク」を投げる人であり、打者はそれを思いっきりストライク(打つ)人であった。
球を選んで一塁に歩く等と云った考えは毛頭なかったのである。
“打てるなら打ってみろ”と投げこんでくる球を思いきりひっぱたく、この当たり前の原点が大リーグには息づいている。
全力でぶつかり合う投手と打者、これこそが野球ゲームの魅力なのである。
勝負至上主義に血迷うどこかの野球となんと違いであろうか。これが歴史の重みかも知れない。
ちなみに、アメリカに於いては、ボールカウントをコールする場合、ボールを先にストライクを後にする。これも歴史的背景から推測すると、審判員は打者の打てない、つまりボールの球しかカウントしていなかったが、後にストライクをカウントすることになったのである。
“ツーボール、ワンストライク”の由縁である。
1996年野球シーズンの幕明け諸氏と共に思いきり“ストライク”しましょう。
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