スポーツ博覧会
スポーツ・ライター 玉木正之


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 ■36 日本と世界の「非常識」

 そもそもスポーツは、古代ギリシャや近代イギリスのように、民主主義を生み出した場所で誕生した。つまり、暴力(戦争)に勝って、社会の支配者(王や皇帝)になるのでなく、選挙や話し合いで社会の指導者を選ぶ制度(民主主義)が発達した社会で、スポーツは生まれたのだ。 古代エジプトやペルシャ、中国などは、どれだけ国が豊かでもスポーツ文化を創造できなかった。
 だからスポーツには、「非暴力」「反暴力」というメッセージが、基本的に備わっており、「体罰」を少しでも容認しようとする傾向のある日本のスポーツ界(体育会系?)は、世界の常識と掛け離れているのだ。

 とはいえ「世界のスポーツ界」も、時々「常識」から外れたことをやってのける。
 それは、国際オリンピック委員会(IOC)理事会が、レスリングを五輪の「中核競技」から外し、東京が招致に立候補している2020年の大会から正式競技でなくなる可能性が高まったことだ。

 レッスル(wrestle)が「動物がじゃれ合う」を意味していることからも分かるようにレスリング(wrestling)は、ヘッドロック、フルネルソンなど、四つ足の動物相手にかける技を競い合う、人類の歴史上最も古い格闘技なのだ。古代ギリシャのオリンピックでは古代5種競技の一つとして重要視された(他に、走幅跳び・円盤投げ・やり投げ・競走)。
 そんな重要な競技を五輪から除外するのは、どんな理由があろうとオリンピックの輝く歴史やスポーツの伝統を傷つける行為といえる。が、IOCの理事たちは、どうも自分の出身国や所属競技団体の利益ばかりを優先したようだ。
 日本は、レスリングのメダルが多いから、というのでなく、正当な主張をするスポーツ界になってほしいものだ。

(スポーツライター・音楽評論家。国士舘大学体育学部大学院非常勤講師。著書多数)


(「損保のなかま」2013年4月1日付より)


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