(3)男の「愚痴」は平和です |
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故郷・横浜・生麦のお祭りに、今年も伯父の家に息子と孫を連れて行ってきました。息子と孫にお祭りを一度見せかったのです。
伯父とわたしとは7歳しか年が離れておらず、兄弟のように育ちました。日常会話は「あんちゃん」「淳ボウー」と呼び合っています。 5人の女姉妹の最後の6人目に生まれたのが伯父です。わたしの母親がその長女です。 結婚して一男一女をもうけて、そのこどもたちの成長の過程で、伯父の人生に微妙な変化が生まれました。 目立つことに縁遠い伯父でしたが、息子が小さい時から「お祭りの踊り子」で才能(?)を発揮して町では「超有名人」になってしまいました。 そして今年のお祭りは、この年の離れた従弟(35歳)が神輿保存会の「会長」に就任しました。 伯父の口からは息子の自慢話は聞いたことがなく、どちらかというと「愚痴」を聞かされました。 女房(伯母さん)の前ではいつも威張っていましたが、伯父の微妙な変化というのは、この「愚痴」によって伯母さんに威張ることがなくなりました。 男の「愚痴」は嬉しいことがあると出るかもしれません。と同時に余裕の現われかもしれません。 娘夫婦、息子の嫁さん、それに孫が来ますと、もともと身体が小さい伯父はどこにいるのか分からなくなるほど「小さく」なって、静かに見つめています。 そんな伯父を見ていますと、伯父の存在感が以前より大きく見えてきました。 この伯父の存在が、年に一度のお祭りに、20人もの親戚を集めるのではないでしょうか。 「さえない人生」と書きましたが、「家」と「祖先のお墓」を守っていくのにはいろいろな苦労があるようです。 お祭りの日は、伯母さんが早朝5時起きして河岸で買ってきた、美味しい、江戸前のわたしの大好きな穴子のてんぷら、味が絶品なシャコ、それに新鮮にお刺身をたくさんご馳走してくれました。 この伯母さんも、新婚当時は5人の姑、それに祖父母の面倒と大変苦労をされました。もともと明るい性格なのでしょうか。とてもにこやかな顔になりました。 ごくろうさまの感謝の気持ちで一杯です。 年に一度のお盆やお祭りに故郷に帰るということは、人間の帰省本能でしょうか。血のつながったもの同士が一堂に集まりますと、小さなこども達の顔が亡くなった父母、祖父母の横顔を「チラリ」想い出させ、血のつながりを再確認いたします。 わたしの弟がこんなことを言いました。 伯父もポツリと言いました。 帰りの車の中で息子が言いました。 帰省本能は「帰巣本能」ではないかと思います。念の為に。 「帰巣本能」は場所を選びません。生まれたところならどこでもいいのです。
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(2006年9月1日) |