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図書館から3冊本を借りてきました。なんとなく3冊いっぺんに読んでみたくなったのです。 工藤公康著「現役力・自分を知ることからすべてが始まる」。童門冬二著「人生、義理と人情に勝るものなし」。椎名誠著「続・怪しい雑魚釣り隊」。 この3冊を約20分間隔交代で読むのです。目安としてパソコンにメールが来ると「ピンポーン」音がしまかす。そして返信を出して次の本と交代するのです。 工藤公康の本は野球のことですが、なんとなく自分の言葉で書いていないのでつまらないのです、それでも部分的に役立つところがありますので「部分読み」をするのです。 童門冬二、椎名誠はさすがプロの作家なのでそれなりに面白いです。 なぜ3冊いっぺんに読むかと言いますと、一冊の本では「集中」出来ないのです。それに20分も読んでいますと眠くなってくるのです。以前はこんなことはなかったのですが、やはり年とともに「あき易く」なってきたのでしょうか。 それとも永年「野球審判」をやって来ましたので、次から次へプレーを裁いているので、1冊ではなんとなく物足りないのです。 また、歳とともに頭の回転が速くなりすぎてきたのです。いずれにしても三冊を交互に読むことは「紙一重」で天才であるかも知れません。「紙一重」はとても怖いものです。 最近は「忘れ物」や「物忘れ」が多くなりました。先日も住民票を取るのに自宅の番地が思い出せず名詞で確認をしました。そのうちに名前を忘れて「小泉淳一郎」などと書いたりするかもしれません。 歳を重ねますと「紙一重」で怖くなることがたくさんあります。まず「欲ボケ」です。1年前まではお金に淡白だった人が急に「あれっ?」と思うことがあります。 そういうわたしも先日、友人と一泊旅行をして、いろいろ掛かった費用をワリカンで精算しました。友人がお兄さんに援助していることを知っているので「ガソリン代はオレが持つよ」なんて格好良いことを言いました。 友人はそのお金でお兄さんへおみやげを買っている様子を見て嬉しくなりました。まぁ、ここまではいいのですが、宿から頂いたひとふさのぶどうを友人に渡しませんでした。 たとえひとふさのぶどうでも、ガソリン代を払ったからといって渡さないのは「欲ボケ」の始まりではないでしょうか。後で自分がとても恥ずかしくなりました。 もしかしてわたしとお付き合いをしている方は「あの方は欲ボケになった」などと言われているかもしれません。 最近つくづく思います。上手に歳を重ねるのは難しい。「紙一重」で嫌な年寄りになってしまいます。格好良い年寄り無理だとしても、70歳、80歳を目指して生きるのには「自然体」が一番良いのではないでしょうか。 女房にも優しく 一冊の本をゆっくり読む。 実はここだけの話、もう一冊 松本清張「山峡の章」を読んでいるのです。 |
(2009年11月1日) |