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2011年の3月11日以降わたしの生活が大きく変わりました。まず日常生活では積極的に歩くことが多くなりました。 始めは、野球審判のために足腰をこれ以上衰えさせないための散歩程度でした。いろいろ調べて行くうちに「ウォーキング」という歩き専門の楽しむ方法を見つけました。 幸い我が家から東西南北5キロ範囲は一般道を通らないで歩けます。それに森林浴というプラスアルファーがあることも発見しました。おかげさまでいまだに風邪という病から珍しく遠ざかっています。
一説には森林浴はガン予防から始まり、病原菌を受け付けない効用があるといわれています。ただし放射能はさすがの森林浴も効き目がありません。 さてウォーキングの楽しみ方ですが、歩いていますと身近にいろいろな事と接することができます。まず人間に突然挨拶をされます。近所に見かけないおじさんがふらふら歩いていれば、怪しまれるのは当然です。そして顔なじみになり世間話です。 次に5キロ範囲にこんなにもたくさんの神社仏閣があったのかと驚きと感動です。神社が先か、お寺が先かなどと考えるのも面白いです。神社になぜか鐘付堂があるの。隣のお寺に鐘付堂はないの。あれ、神社とお寺が同居している。たわいもないことですが疑問が深まり、さらに歩きたくなるのです。 縄文時代の住居跡や古墳などに出会いますと「うーん。これを見つけた人は偉い。たいしたお金にならないのによくやった」などと感心してしまい、ひと時、考古学者になったような気分になります。
さらに野球審判の待ち時間を利用して、はじめての町を歩き回ります。車でなんとなく通り過ぎている町にも歩くことにより、町の歴史などを身近に感じます。
こんなことを始めたのは、3・11以降、自分の事は自分で面倒見ないと誰も助けてくれないという危機感からです。大きな地震が来ても、放射能がただよい始めても最後は体力勝負になります。それでもダメなときには諦める以外ありません。 この国の政府は自国民のためには100パーセント動いてくれません。「復興・復興」といいながら消費税は上げるし、「大企業が儲かれば国民の生活も潤う」などといいながら、零細企業を毎日30社も潰しています。 福島の原発事故が収まらないのに、また原発を再稼動させようとしています。彼らはわれわれと一緒に地獄の底まで付き合ってくれるのでしょうか。それとも自分たちだけは「ドロン」を決め込んで逃げるのでしょうか。それに決まっています。 3・11以降もう一つ変わったことは「臆病」になったことです。どうせあと生きても10年そこそこなのにやたら「防衛本能」がはたらくのです。 1カ月に一度、丹沢の山に美味しい水を汲みに行っていたのも今年は一度も行っていません。もちろんガソリン代が高い理由もありますが、山の中の道路の凍結が怖くなりました。 それに旅行の回数が極端に減りました。理由は同じですが、なんとなく旅行に行って浮かれている場合ではないという本能でしょうか。 それに毎日歩いていますと、旅行に行ったような素晴らしい場所に出会うからかも知れません。いずれにしてもお金を使わない本能がはたらいているのです。 これはわたしだけではないと思います。日本中が不景気という不安に覆われています。すべて国の責任に転化したくはありませんが、もう少しましな政治をやらないと「不景気という放射能」は取り除くことはできないと思います。 今年の東北の春は遅いと言われています。暖かくなり次第、再度福島を訪れたい気持ちで一杯です。 今、若い審判仲間からのメールで「会津若松にいます。雪がふっています」
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