【10】山の神々に祈る
作  臼井 淳一
挿絵 金光 敏博


 20代のころ長谷川という山仲間と南アルプスの北岳にいきました。北岳には有名な北岳バットレスという岩場があります。尾根道からも登っているところが見える場所があります。

 尾根道を歩いても、北岳バットレスを登っても、頂上では一緒になります。どこの山でもそうですが、頂上近くからの尾根道登山者の不注意の落石は、岩登りをやっている登攀者にとってこんなに「怖い」ものはありません。


きりえ「ケルン」

 「怖い」といえば、山の雷です。山仲間の長谷川と北岳の頂上で雷にあいました。稲妻が上からではなく下から光るのです。雨も横から刺さるように降るのです。

 立っていたのでは確実に雷に打たれます。低いところに身を寄せる所はどこにもありません。雷から身を守るのには、唐松の中にもぐりこみ、シラフをかぶって「ナンミョウホウレンギョーク」「アーメン、ソーメン」と祈るしかありません。

 日ごろは神、仏をおろそかにしていますが、この時ばかりは「頼る」のは神、仏です。それも欲が深く、キリスト教からアラーの神様まで、全部にお願いしてしまうのです。
 
 雷は去っていきました。辺りはきな臭いです。唐松が全身に刺さって痛いです。体もびしょぬれです。

 北岳小屋に入り、ウイスキーを一口含むと、ゲボッと全身から吐き気がもよおしました。全神経が緊張していたのです。

 あぁ、青春の緊張は北の彼方に消え去る。
  
 今、わたしにできることは、最果ての北の街にある「カラオケボックス」で「北の宿」を唄えることぐらいです。あぁ「ブルーナイツ横浜」も唄えます。

[2001年10月15日]



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