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【15】消えたピッケルの想い出
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挿絵 金光 敏博 |
彼女に突然、喫茶店ルノアールでこう言われたのは、1月の冬山合宿を終えての今頃の時期でした。さらに追い討ちをかけるように。 「わたし故郷に帰り結婚します」。
ピッケルを持って下宿へ戻り、日記を書いている内に。 2カ月、3カ月と経つうちに、何とも云えない侘しさがじわじわと湧いてきました。 今、考えますと「俺と結婚しよう」と言えばよかったのかも知れません。けれど「登山靴をシマッターと思う」。山だけしか「頭」に浮かばない当時の私には「結婚」ははるか彼方の出来事でした。 悔しいことがもう一つ起きてしまいました。背中が痛むので医者に診てもらいました。その結果は、なんと。なんと。 「脊髄が曲がっている。もともと貴方の脊髄は細いのだ。重い荷物を背負っての山登りはそのうち折れますよ。山登りは止めなさい」と脅かされました。 これはショックでした。完全にアルピニストの夢は破れました。この頃は30キロ、40キロの荷物を背負わなければ「山男失格」でした。 彼女を失った寂しさと、「山男失格」の烙印は、今までのなんとなくの「野望」「幸福」の二文字が吹き飛んでしまいました。
かくして私は一転して、山仲間からなんと言われようと「結婚願望」へと変身して行くのです。 そして歳月の流れの中で、現在の草野球審判員などに変身するとは夢々思いもいたしませんでした。 「第二の青春」は何に変身するのかこれまた楽しいではありませんか。 あぁ、3本もあったピッケルはどこに消えてしまったのでしょうか。こればかりは女房に聞くわけにはいきません。 [2006年1月15日] |
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