《 康さんの初恋…少年の脱皮 》
中学2年生の夏休み前のお話です。下校前、突然、康さんが、おいらのクラスの前で「話があるのだ、杉山神社のさい銭箱の前で待っていてくれ」というので、おいらは、また、さい銭泥棒でもやるのかと思いました。まぁ、自慢にはなりませんが、おいらたちは、柿泥棒から始まり、牛乳泥棒、蛤泥棒、食べられるものが目の前にあればなんでも盗みました。けれどもさい銭泥棒だけは、神社の階段から転げ落ち、大きなたんこぶをつくって以来、バチが当たったと母親から言われ、止めることにしました。
さい銭箱の前で、康さんが「じゅん坊、好きな女の子いるか」と聞いてきました。おいらはとっさに「いる。吉永小百合だ」と応えると、「まじめに応えてくれよ。おれ、巴加代子が好きになった。お前たち、親戚だろう。なんとかしてくれよ」と、康さんはめずらしく真剣に話しかけてきました。おいらは「森山加代子だったら、なんとかするぜ。巴加代子は親戚といっても、同じ巴でも遠い親戚だからダメだ」と突き放しました。「そうか。やはりダメか。あきらめるか」康さんの顔からは、がっかりした表情が読み取られました。康さんは好きになるのも早いが、あきらめるのも早いのです。
そのころ康さんやおいらは、そろそろいたずらも喧嘩も飽きてきたし、自然と女の子に目を向けるようになりました。
おいらの家の前が銭湯で、小さいときからチラッ、チラッと女湯の脱衣所をみて育ちました。が、このころから何故かおいらは、女湯の脱衣所が見られなくなりました。本当は見たくてしょうがないのですが、見てはいけないと自分に言い聞かせました。話が横道にそれますが、銭湯が改築を機会に女湯と男湯を逆にしました。それとは知らずいつもトラックを止めて、運転席と荷台から女湯をのぞいていた鉢巻をした、じか足袋集団がその日は男湯をのぞいて、近所の人たちに「ばーか」と冷かされていました。
康さんもおいらも、いたずらに永く夢中になっていたので、女の子に目をむけるようになっても、どうしたらいいのか、皆目わかりませんでした。まず、どう話し掛けていいのか。いたずらのようなわけにはいきませんでした。学校の自称「その道の達人」に話を聞くのですが、これがまた、まったく違ったことを教えてくれるのです。
かくして、康さんもおいらも、女の子にかぎっては「目の前にあるものは、なんでも盗んだ」少年時代のようなわけにはいきませんでした。
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