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打ったのは野球のボールでした。 (Well I hit baseball) このやりとり、もちろん、答えた選手は、質問の意味を理解した上で、通訳の「野球語学力」をちょっとからかってみたのであろう。慌てた通訳は、選手の答えたWell I hit baseballを「ええ、真ん中にきた絶好球でした」とかなんとか、ごまかしてしまったのだが。 横浜ベイスターズの前身大洋ホエールズで長年通訳を務めた牛込惟浩氏は、選手激励パーティの席で、親会社の役員が外人選手の間を回って「がんばってください」「一生懸命やってください」というので、それをDo your best please(ベストを尽くしてください)と訳した。すると、選手の方はI always do my best(俺はいつも一生懸命やってるぜ)と露骨にいやな顔をしたという。 Good luckといえば、Thanksと、笑顔のやり取りで終わったはずなのに。 監督の言うヒット・エンド・ランを「ひき逃げ」(辞書を引くとそうなっている)と理解し、外人選手にどう伝えるか悩んだ通訳もいたという笑えぬ話もある。 野球の通訳に必要なものは、一般的語学力だけでなく野球そのものへの豊かな知識であるが、異文化を理解するとなると、もっと人間的な広い視野が求められる。 かつて巨人にいたクロマティ選手が、当時のチームメート・篠塚、山倉選手に「もし大リーグに誘われたら?」と聞いた。二人は「食事が問題。カップラーメンばかり食べることになるから行きたくない」という。クロマティが「それじゃ日本に来ている外人選手はどう感じていると思う?」と反問すると二人は肩をすくめたという。おそらく、少数派の外人選手の立場でモノを考えたことなどなかったからではないだろうか。 野球のルールは日米で変りはないが文化的アジャストは容易ではない。隔たりを埋める手段としての語学力は必要だが、相手を理解するためには、「相手の立場で考える」姿勢が不可欠だ。(参考文献 池井優著「野球と日本人」、W・クロマティ著「さらばサムライ野球」=写真) |
(「損保のなかま」2005年4月1日付より)
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