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松岡来る。みんな自習してるのに、彼はローカから寒々と校庭を見ている。「オイ」といったら恥ずかしそうに笑った。桜井と加藤が誘いに来てくれたとのこと、教科書、読み算だけ。
「昨日松岡と川合の家へ行って来た。松岡の家でキャラメル20円食べた。ガード下で草だんご食べた。30円。それから駅前でアイスクリームとコーヒー10円。豊岡通りのエビヅカへ入ったら壷井栄というおばさんが書いた「坂道」という良い本があった。金がなかったので買わずに帰った。」
あきれた顔をしている中で、手塚あぐりが、「先生、そんな食べることばかしに使わないで、本を買った方がいいと思います。」といった。 |
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松岡来ていた。今日も坂本は、帽子をかぶったまんま。朝礼中も教室でも、頭からおでこにすごいキズのこの子は帽子をかぶりっきり。あの子もこの子も、平気で「丹下左膳」といっている。 |
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「今朝気がついたこと。」
水越「花がある。」
平野「紙が落ちてない。」
赤堀「松岡君が花を持って来てくれた。」
川合「女生の方ばかりさしてある。男生の方にも平等にさしてもらいたい。」
山中「お花がきれい。」
会田「女生の方にエンピツのかすが多い。」
阿部「後の黒板の下の字が消えている。」
石井「机が乱れている。」
邦子「横山君が花をさしてくれた。女生は台田、手塚さんがさした。」
チューリップ・カーネーション・矢車草の美しい教室。生き返った教室。花々々々々々。 |
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坂本が時間中変な声を出した。「左膳っ」と怒鳴ってしまった。小便をはねっ返しながら、東さんと便所のスノコ作り。 |
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家庭訪問〈坂本悦郎〉六つの時、オタマを取りに行く途中国道でトラックにはねとばされての大キズ。入学当初は買ってやってもかぶらなかったが、今では裏へ行くにも帽子をかぶる。上り口に帽子かけがキチンとついていた。「ひねくれなければ」といい顔を伏せたお父さん。おれも昨日「左膳」といった。 |
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教室へ入って行くと、ちゃんとしてたのは、川合、内海、磯野。あとはがやがや。キーキーいいながら紙の飛行機をとばしている。ボール紙の大砲を持ち、ズドーン。 |
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給食配る女の子から、
「パンが小っちゃい、ジャムが少ない、きらいな物を多くすると、うるさくってしょうがないから、先生叱ってください。」 |
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受け持って半月の感想
掃除道具バラバラ、子供の心バラバラ、「ハイハイ」わめくだけで落着いて聞けぬ。男、女をなぐる。女まとまってるようだが、あるかたまりがある。ドッチボールやっても、特定の子ばかりに集中し、休み時間、校庭の日だまりにポツンとしてる子あり。まだ教室で一度も口きかぬ子、男四、女一一。 |
受持が病気のため、五年生の後半十分面倒みてもらえなかった子供達。いじめたり、いじめられたりで、仲間意識などまるで失われている子供達の心と心を結び付けるため、ぼくは毎朝教室へ入って行くとすぐ、「お友だちの良い事」を聞き、聞いたことをセッセと記録していった。そうしているうちに、四月二十四日、遠田功、鈴木武雄、赤堀修一、阿部英子、手塚あぐり、合田保子らが投書箱を作って来てくれた。子供たちは特に「話せない子供」が、用意した半紙に、「良いことをしたお友達」のことをドンドン書いて来てくれた。