●小学生の日記と手紙 五年生(小峰書店)より
 教室日記

   神奈川県横浜市生麦小学校の5年生たち

 
つづり方帳・詩帳を四冊ずつつくって、教室の中を、ぐるぐるまわしにして、毎日かわるがわる書いた日記です。
 
 
 えらい(十月五日)
林  幸夫
【小沢先生の赤ペン評】

 国語の時間、先生が、
「つぎ読むやついるか。」と、えらそうにいった。三分の二ぐらい手を上げた。巴由実子さんが、おっかなびっくり、手を上げたり下げたりしていた。

いつ、だれが、どういうふうに、どういったか、から、パッと書き出している。
「ちびでぶ、きのうも手上げて、きょうも、また上げたのかよ。」
先生がいったとおりに書けた。
と、先生は顔じゅうでうれしがっている。巴さんは、本で顔をかくなした。本をとったら、巴さんの顔、まっかだ。そして読んだ。読んだところは、52ページの11行めから、12行めだった。 「いる」が、うまい。
「かくした」だな。「そして」でいいか?
この文は、いらないな。
 巴さんが、ふるえ声で一行読んだとき、先生はゆっくりゆっくり、巴さんのそばへきた。そして、自分の心ぞうを、右手でおさえた。それから先生は、巴さんのおっぱいの所へ、手をやった。耳もやった。巴さんは読むのをやめた。みんな本をおいて、巴さんと先生のほうを見た。巴さんは、モジモジしている。 いい耳だ。いい目だ。
なるほど、なるほど。そうだったな。
「おまえ、心ぞうが、ドキドキドキドキしているぞ。」
と、医者みたいにしていった。そして、
まったく、いい目だ。いい耳だ。
「おまえはずかしいのに、よく手を上げるようになったなあ。えらいぞ。ようし、そのちょうしで読みな。」 いよいよ、よい耳だぞ。
とほめた。みんなも、そうだそうだという顔を、していた。 みんなのことも、わすれてないな。
 巴さんは、まえよりゆっくり、テンとマルを切って、はっきり読んでいった。
 ぼくは、安心した。


そうだ。「読んだ」ではなくて「読んでいった」のだったなあ。結び方も、アッサリしていてよい。
【評】
 さすがに、林くんだけのことはある。ホネおって、日記書きとおしているだけのことはある。ねばり強い目・耳・心で、巴さんのえらさを、ちゃんとつかめた。
 林幸夫くんは、ひとのことを、自分のことのように、心配したり、安心したりしている。(小沢 勲)



 
 
 
 おかあちゃんにまけた(十月九日)
石毛 克昌
【小沢先生の赤ペン評】

おかあちゃん、
ぼくは0点だった。
小沢先生に、

おかあちゃんに話しかけるように、書きだした。
「0点」ハッキリしてる。
げんこつでひっぱたかれた。

「ぶたれた」のではないな。
おかあちゃんのわきの下に、
大きいおできができている。
ゆびの先にキズがある。
それでも、
おかあちゃんは、
二連に、その時うかび上がってきた、おかあちゃんを、うつしだしている。
トンカチをにぎり、クギをもち
はこうちをやっている。

そう、「にぎり」だな。「にぎりしめて」あの玄かんで、トントンやってくださるのだものな。
それなのに、
ぼくは、
勉強やんない。
ぼくは、
この接続詞にも、克昌くんのおかあちゃんへの思いが、こもっているぞ。
おかあちゃんにまけた。

そうか。わかった。克昌くんは二度と0点をとること、あるまい。





 
 
 
 先生へ(十月九日)
坂本 秀司
【小沢先生の赤ペン評】

「てめえら、漢字ができねじゃねえか。つぎの時間は、ぶんなぐりの時間だぞ。」
といって、先生は、教室からでていった。
みんなビクビクしている。高林くんが、
「やだな。」

コトバから書き出した。
と、おでこにしわをよせていった。 うまいぞ。
ぼくは、(ぼくも、ぶたれるんじゃないかな)とビクビクしていた。
 先生が、どうどうと教室にはいってきた。先生は、「花子太郎」と書いてある名ぼを、顔のところまで上げ、ひとりひとりの点を、いいはじめた。
「吉井20点。」
と、どなった。オルガンのほうをさし、
思ったことも書けた。
「ここにこい!」 ! うまく使えた。
と、どなった。吉井さんは、下むきむき、でていった。ほくと高林くんは、よばれなかった。ぼくも高林くんも、助かった。十二人の人たちは、イヌ殺しにつれられていく、子イヌみたいだった。先生は、土佐犬みたいだった。教室は、シーンとなっている。
「てめえら、いつも、0点・10点・20点ばっかじゃねえか。親にかわって気合いを入れてやる!」


いい目だなあ。よすぎる目だぞ。
よすぎる耳だぞ。
 先生、はじから男女かまわず、ひっぱたいてった。 「てった」に、スピードがある。
 先生、勉強しないのは、たしかにわるい。けれど、からだの弱い吉井さんを、コキンとやったのは、ひどいぞ。吉井さんたちがぶたれたとき、ぼくは、先生のげんこつが、ぼくの頭の上に落っこちて、へソのへんまでひびいたぞ。


ここで段落をかえて、先生にもんくをいい出すのだな。一行あければ、いっそうきき目が出てくるのだ。
【評】
 こう、ことこまかに書かれたうえ、さいごに、吉井さんたちがぶたれたとき、「ぼくは、先生のげんこつが、ぼくの頭の上に落っこちて、ヘソのへんまでひびいたぞ」と、やられたのでは、もんくの返しようがありません。どうも、もうしわけありませんでした。二度と、土佐犬になどなりません。



 
 
 算数(十月十二日)
川端 節子
【小沢先生の赤ペン評】

 
      一
 
 先生が、「これを、cmになおすには、どうやるか。」と、黒板の、「0・65m」をさしながら、ふとい声でいった。四、五人手を上げた。
「やり方がわかったやつ、式をノートに書け。

ああ、「算数」について、二つ書くのか。こんなのはじめてだ。
と、王様みたいな声で、いった。 ハハア、おもしろいなあ。
 私は、「100cm×0・65=65cm」と書いて、先生にだした。先生は、赤のふといえんぴつで、「星印」を、大きく書いてくれた。そのうえ、「せつ子ひとり・ナンバーワン」と書いてくれた。
 半数ぐらいでていったけれど、みんな、先生に頭をふられてしまった。「0・65」を先に書いてしまったのだった。
 先生に、
「みんな、おっちょこちょいだなあ。節子は、女王さまだ!

カギが、ちゃんと使える子だよ。
とほめてもらった。 「ほめられた」のではないのですね。
 私は、バナナ百本もらったような、気持ちがした。おかあさんに、はやくノートを見せたい。
 
      二
 
ハハア、おもしろいなあ。
結び方もピシャリ。
 松ちゃん、90点! 一学期は、「2」だったのに……。
 先生が、
「川端、おまえ、松尾とよく勉強してくれたなあ。松尾に、最初どんな問題をおしえたのか。黒板に書いてごらん。」
と、細い声でいった。
節チャンらしい、キビキビした書き出し。
 私は、二、三分考えてから、「23×7」と書いた。松ちゃんと助け合い勉強しはじめたのは、五月の中ごろからだった。
 先生は、
「松尾、こんなのが、できなかったのか……。」
と、そうだったなあという顔でいった。また、
「松尾もえらい。節子もえらい。節子もえらい松尾もえらい。」
といった。つづけて、
この文たいせつだね。
「えらい、えらい、えらい。」
と、にこにこしながらいった。松ちゃんと私、顔見合わせて、にこっとわらった。


先生の声、顔つき。目の前にいるようだ。
この結び、先生もニコッとしちやった。
【評】
 節チャン、かわいらしい日記書けましたね。
 松ちゃん、よくがんばりました。苦手の算数に、とうとううち勝ったのですね。春から夏、夏から秋、たいへんな努力でした。
 あなたたち、ふたあり、「算数のふた子」です。





 
 
 おばさんへ(十月十六日)
八木下祐司
【小沢先生の赤ペン評】
 
 おばさん、石毛くんのおたんじょうおめでとう。おばさんの手紙きいたよ。先生が、「教室通信」に書いてくれたんだよ。
 石毛くん、九十九里浜で生まれたんだね。けしきのいいところだったでしょう。石毛くん、二か月めに肺炎にかかったんだね。一時、お医者さんに、見はなされちゃったんだね。おばさん、すごいショックだったんだね。どこのおかあさんも、子どものことを自分のことより、心配してくれるのですね。もし、そのとき死んじゃったら、石毛くんがだいすきな、おしるこなんか飲めなかったね。
 おばさん、先生と石毛くんがあく手したとき、ぼくたちみんな、大声で、
「おめでとう。」
と、お祝いしたんだよ。石毛くん、顔まっかにしてニコニコしていたよ。



【評】
 祐司くん、気だてのやさしい、きみらしいことを書いてきたねえ。いそがしいおばさんも、これを読めば、「書いたかいが大あり。」と、お喜びになるでしょう。
 祐司くん、四、五月ごろの日記と、これと、読みくらべてごらん。たいしたちがいでしょう。






 
 
 ゲロ(十月二十日)
前田  一
【小沢先生の赤ペン評】
 
「ゲーッ!」
浅沼くんがゲロはいた。
まっかな顔、
ころがるように
教室をでた。

青・黄・赤、

飯つぶもちらばってる。
ぐじゃぐじゃしてる。

うまい! 人をひきずりこんでいく力がある。
あ、きったねえ!
ぼくは、目をそらした。
 
紺野くん、
サッとかけてきた。
ぞうきんでふきとる。
きたない。まったく、きたない。
ビューッとゆすいできた。
ゴシゴシふきとった。
 
紺野くんの機敏さ、しっかり表現できた。
みんなポヤーと見ている。


一行あけて、ポヤーか.…:。うまいもんだ。
【評】
 この詩、ご仏だんにおそなえしなさい。
 教室での、ホンのひと時のできごとを、正確にうつしとっていること、そして、それよりも、紺野くんのりっぱさを、日記に書いたきみの成長ぶりを、きみのおかあさんは、なみだためて、よろこんでくださるにちがいありません。



 
 
 つぎ(十月二十五日)
飯田 芳正
【小沢先生の赤ペン評】
 
 国語の時間、先生が、
「だれか読むか。」といった。鈴木さんが、
「ハーイ。」
と、小さな声で、本を顔にあてながら、手をあげた。先生は、
「おお、ヤッ子読んでみな。」
といった。ぼくは、(あれ、鈴木さんが、手をあげるなんて、めずらしいな)とおもった。

うまい! 人をひきずりこんでいく力がある。
 すると、先生は、
「えらいぞ、前へでて読んでみな。」
と、力のはいった声でいった。
「すると」が、うまく使えた。
 鈴木さんは、行進のときのような歩き方で、手を軽くふりふり、でていった。ぼくはまた、(あれあれ、すごいなあ)とおもった。鈴木さんは、先生のつくえの前へいき、本を、顔のへんにもち上げた。そのしゅんかん、
よく、思う子だなあ。
「おお、ヤッ子えれえな。」
と、また、となりの教室に、きこえそうな大声でいった。ぼくたちは、先生の声にびっくりした。先生は、
「おめえのここよ、つぎあたってるじゃねかよ。よくはいてきたな。」
と、紺の長いくつ下を、指さしながらいった。みんなサッと、そこへ目をむけた。鈴木さんは、本で顔全体を、スッとかくした。また、先生は、
「この上乗っかってみろよ。おお。」
といった。そしたら、また本で顔をかくしながら、左足から、ゆっくり、ゆっくり、先生のつくえの上に、のぼった。
ここから、事件がはじまるのだな。
 ぼくたちは、目をまるくして、よく見た。すると、先生のいったとおり、くつ下のまん中へんに、あった。それは、たて五センチよこ三センチくらいの、長方形のつぎだった。その上、ひとつは、もものへんだったので、ようく目だった。もうひとつは、右足のひざのちょっと下のへんに、それよりひとまわりくらい小さいつぎが、してあった。また、先生がいった。
「おまえは、親に文句いわないで、よくつぎあたったくつ下をはいてきた。よし、読め。」
よく見る子だなあ。




シッカリ説明している。
と、声に力をうんと入れて、いった。ぼくは、(鈴木さん、しっかり読めよ!)と、心でおうえんした。鈴木さんは、ゆっくり、おちついて読めた。

(小沢 勲先生指導)



ここは、改行したほうがよい。


【評】
 きのうの一時間めから六時間めまで、いろいろさまざまなことがあった。飯田くんはヤス子さんの「つぎの美しさ」を書いてきた。そのことに心ゆすぶられ、家でふたたび、その感動を日記につづっているきみの心は、キリッと美しい、キクの花の心とおなじです。






工場
        桜井 武夫

めちゃくちゃのガラス戸から
ッカ ガー ギーン
ガン ガン ガン
ガッチャン ガッチャン
機械の合唱だ。
あっちこっちのエントツから
煙がもくもく出てくる。
油煙が
ふうわり ふうわり
 飛んで来た。



おじさん
          赤堀 修一
夕方、
なんか版画にほるとこねえかな、
と思って旧道に出た。
アッ リヤカーをおしている。
さっき体をななめにして
ドラムかんを運んでいった。
おじさんだ。
ギーギッギッ、
と音をたて、
ふろ屋の所を、
通っていった。
よしっあれをほろう。
ずうっと見ていた。
おじさんも、
ギュッと僕を見た。
家にかけこんでさっそくほった。
        (十一月十一日)


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