小学生の生活勉強 6年生 ●小峰書店
 ものの見方・考え方――実例作文集

 
お友だちの表現したものから、その生活能度から、たいせつなものを学びとって、この六年生は、つぎのような日記をつづりました。お友だちの詩も、みどりさんの文章も、しんけんなものです。りっぱなものです。
 
 
 「夜中」を読んで   ※「夜中」は一四二ページ(第4章)に
   横浜市生麦小学校 沢崎みどり

 ガーッゴッゴッガー! こおった空気をつきくだくような音をたてて、屋根の上を電車が通りすぎて行きました。まどガラスも、コップもこけしも、ガタゴト、カタコト音をたてて、おどっています。おかあさんは、ぼくちんのズボンのつぎをしています。ぼくちんは、ふとんの中へもぐりこんで、スースーねています。わたしは、漢字の練習をおえ、岩井くんの詩を読みはじめました。
 もう何回も読み返しているけど、やっぱり、心をうたれたのは、「四連」でした。岩井くんは、せめて弟だけには、さびしい、いやな思いはさせたくないといっています。わたしの弟も、集金日の朝は、きまって、「きょうお金もっていくよ。」
と、ふくろをふりながらさいそくします。おかあさんが、
「今出せない。」
というと、
「きょうもっていかないと、先生におこられちゃうんだよ。」
といいはります。わたしは、
「ぼくちん、学校は、集金屋じゃないんだよ。」
とさとします。でもぼくちんは、
「やだ。じゃ学校へ行かない。」
と、まゆをさげ、口をとがらせます。すると、おかあさんは、さびしそうに、茶色いさいふをポケットからとり出します。そして、お金をいれてやります。そんなとき、わたしは、(きょうのおかず代、だいじょうぶかな)と、心配になります。
 でも、考えてみると、岩井くんの弟も、ぼくちんも、むりはないと思います。もうじき中学生になるというわたしだって、会計の湖上先生を目にすると、すぐお金のことが気になるのですから。
 わたしだって、何もわからなかった三年のころは、
「お金もっていく。」
と、ぼくちんのようにだだをこね、おかあさんをこまらせたものでした。
 また、わたしが、岩井くんの詩からおしえられたいちばんたいせつなことは、「びんぼうとは、けっしてはずかしい、わるいことなどではない。」ということでした。
 わたしも、川崎さんと同じように、集金係の人がくばるふくろがわたしのところへはこないとき、
「お金もってきた人は、はやく出してください。」
というとき、顔がポッポとほてるくらい、はずかしくてたまりませんでした。けれども岩井くんは、家庭のことをよく知り、どうどうと生活しています。めそめそしていたわたしの生活が、ふかく反省させられます。
 だけれど、わたしのおかあさんは、岩井くんのおとうさんおかあさん以上のくろうを、かさねています。
 岩井くんとわたしの家庭は、お金にこまっている点では同じです。しかし、岩井くんの家には、おとうさんがいます。いくら病気がちのおとうさんでも、いてくれるだけで、うんと心強いでしょう。でも、わたしの家には、一家の柱であるおとうさんがいません。
 わたしが二歳のとき、おとうさんは、家から出て行ったまま帰ってはきません。そのため、おかあさんは、一人の力でわたしたちをそだててくれています。アサリむきもしました。あちらこちらの日やといへも行きました。幼稚園へ、ミルクをわかしに行ったこともありました。男のやる鉄工場へも行きました。お金がなく、十円だけソースを売ってもらったこともありました。おかあさんのくろうは、まだまだわたしなどにわからぬことがいっぱいあると思います。
「夜中」の詩と、それについての感想文にたいして、みんなの考えを出し合ったときのことでした。ほとんどの人が、
「みならいたいと思います。」
とか、
「えらいと思います。」
などなど、同じことばかりくり返していっていました。わたしにも、それ以上の考えはうかんできませんでした。でも、前田くんは、
「『義務教育費国庫負担』ということを勉強したけど、ほんとうはそうなってはいないのは、どうしてなんだろう?」
と、おこった顔つきで疑問をなげ出しました。お金のくろうを知らない、根岸くんや石綿さんたちまで、同じような考えを発表しました。あのときわたしは、
(なさけないわたしだな……)、としみじみ思いました。
(前田くん、飯田くんたちのように、もっともっと勉強しなくては。こんなわたしでは、おかあさんにもうしわけない)
と、自分がはずかしくてたまりませんでした。
 いつのまにか、雨がシトシトふっていました。紀の国屋の屋根が、がい灯にてらされてピカピカ光っています。「ジジジジー。」時計が十時を知らせました。ベニヤ板のむこうから、「はやくねなさいよ。」と、洋子ちゃんをしかるとなりのおばさんの声が聞こえてきます。
 おかあさんはまだつくろいものをしています。まだおかあさんは三十四歳だけれど、しわがきゅうにふえてきました。しらがもはえてきました。わたしが勉強しているあいだは、いつも、いっしょに起きています。おかあさんには、あしたの仕事がまちかまえているのです。
 きょうの日記は、これで終わりにします。

(小沢 勲先生・指導)






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